
真如苑は、伊藤真乗(いとうしんじょう1906-89)が1936年、宗教専従の道に入り、京都・醍醐寺にて出家得度、1938年、東京都立川市に燈檠山・真澄寺(とうけいざん しんちょうじ)を建立したところに始まる仏教教団です。現在、信徒数は世界でおよそ100万人、約125ヶ所の拠点寺院があります。
真如苑の「真如」とは、仏教でいう真実そのものの意味で、「えん」は、「園」ではなく、囲いのない「苑」の字を使っています。そこには、国や世代、性別、宗教的背景を問わず、誰もが仏の教えに沿って、真実をつかむことができる場所でありたいという願いが込められています。
一人ひとりが苦しみから解かれ、それぞれの生き方のなかに幸せを見い出していけること、それが、立教以来、持ちつづけてきた真如苑の願いです。
1935年、真如苑の開祖・伊藤真乗は、鎌倉時代の仏師・運慶が刻んだと言われる仏像・大日大聖不動明王と出会います。当時、航空会社の技術者であった真乗は、この不動明王をお迎えすることを契機に、妻・友司とともに、仏道に入る決意をします。翌1936年、真言宗醍醐派総本山・醍醐寺にて得度。1939年、在家の修行である恵印灌頂を修めたのにつづき、1943年に出家の修行の仕上げとも言える金胎両部の伝法灌頂を修めました。それは、出家・在家の行をすべて継承したことを意味します。
出家した僧侶だけでなく、在家の誰もが悟りを得ることを願い、開祖・伊藤真乗は戦後の宗教法人法改正を機に、大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)を所依とした真如苑を宗教法人として設立します。
同時に、瞑想行のひとつである「接心修行」も確立、また、仏教の指導者である教師を育成し、国内外の各地に修行の拠点を設けるようになります。
1967年には、バチカンにてカトリックの教皇・パウロ6世と開祖が「仏の教えも、神の教えも求めるものはひとつ、人類の平和と幸福」と固い握手をかわしたことをはじめ、タイの上座部寺院・ワットパクナムなど、諸宗教・諸宗派との交流を重ねてきました。
1989年、開祖・伊藤真乗の遷化の後、苑主となった伊藤真聰がその願いを継承し、以後、さまざまな法要をヨーロッパ、アメリカ、アジアにて行うようになりました。諸宗教・諸宗派との交流を広げるとともに、財団やボランティア団体を設立して、社会的支援の輪を広げています。



























