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京都「真澄寺別院 流響院(旧織寶苑)」開設
〈2009.11.25〉

このたび、京都市左京区南禅寺下河原町に「真澄寺別院 流響院(りゅうきょういん)」を開設することとなりました。
「流響院」は、もともと京都東山を借景に望む岡崎・南禅寺界隈の別荘庭園群の一つ「織寶苑(しょくほうえん)」として知られていた施設です。
明治末期に邸宅や別荘地として開発されたこの地区には、近代日本庭園の先駆者と言われる7代目小川治兵衛(屋号;植治)の作庭した庭園群が数多く残されています。「流響院」(旧織寶苑)の庭園も、7代目小川治兵衛と長男の保太郎(8代目)により作庭されました。
7代目小川治兵衛は、無鄰菴、平安神宮、円山公園、清風荘、碧雲荘といった数々の国定名勝指定庭園や名庭を手がけています。その中でも、明治の元勲、山縣有朋の別荘・無鄰菴の作庭が、近代庭園の新たな方向性を切り開くきっかけとなったと言われています。
山縣有朋は小川治兵衛に、これまでの伝統的な作庭方法とは異なる3つの注文を出します。「芝生を使った明るい空間をつくること」、「これまで庭の脇役であったモミなどをたくさん使うこと」、「琵琶湖疏水を取り入れること」。この新しい試みが「植治流」の原点となり、以来、伝統的な侘び寂びのみにとどまらない明るく開放的で、生き生きと水が流れる自然風景に溶け込んだ庭が作庭されるようになりました。これらの庭は「植治の庭」と称されています。
「植治の庭」を持つ「流響院」は、およそ100年の歴史の中で、所有者が変わるごとに「福地庵(ふくちあん)」、「巨陶庵(ことうあん)」、「織寶苑」と名称を変えてきました。また戦後には米軍に接収された時期があり、その時には、数寄屋造りの主屋も西洋風に改築されていました。
真如苑では、三菱グループの総帥、岩崎小弥太氏が所有していた「巨陶庵」の時代の記録や図面から、当時の数寄屋造りの主屋と、小川治兵衛作庭の池泉回遊式庭園の姿に復元するため、時間をかけて修復工事を行ってまいりました。
今後は、寺院として使用する準備が整い次第、豊かな自然環境の中で仏教文化や伝統文化に触れられる、宗教、文化、地域交流の場として活用していく予定です。あわせて市民の皆さまには、毎年5月頃と11月頃にご参観いただけるよう予定しております。

http://www.ryukyoin.jp/