普賢延命菩薩坐像

よろこびの境涯を得る

数多くの仏教経典のなかでも特に、『大般若経』、『妙法蓮華経(法華経)』、『大般涅槃経』の3つは真如三部経とし、とりわけ『大般涅槃経』を根本経典として、真如苑では重んじています。

『大般涅槃経』のなかで特徴的に記される、「常楽我浄」に、開祖・伊藤真乗は注目しました。
「常」とは常住不変、「楽」は一切の苦楽に左右されないこと、「我」は絶対の自由、「浄」は差別なく煩悩にとらわれないことと、真乗は説いています。変わることのない仏とともに生きるとき、苦楽や煩悩に左右されない、自由な自分になっていくことができるということで、それはどういうことかと問われた真乗は、わかりやすく「心の中に平和を築いていくこと」と説明しました。

仏教では一般に「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦」と語り、欲や執われから離れて、空・無我をめざすとされますが、『大般涅槃経』では「身は苦しみの集まるところ、いかでこれを楽しみとせん。」と説かれ、苦しみに執われるところから離れて、「上妙の楽(たのしみ)をうく」境涯があるとされます。
真如苑では、この前向きな精神を大切にしているのです。