
「悉有仏性」、生きとし生けるものにはすべて、仏の性があるということ。
これは『大般涅槃経』の、もうひとつの大きな特徴です。これに、真乗は注目し、「誰もが仏になるところの性、わかりやすく言うならば燦然と輝くダイヤモンド(金剛)を持っている。」と語り、それを一人ひとりが磨き出す道を説きました。大乗経典『大般涅槃経』には、困難であっても、仏をめざす道がかならずあるのだと記されています。
また、在家信者である純陀(じゅんだ)が釈尊に最後の供養を捧げ、釈尊がその真心を尊び、供養を受けられた姿が描かれています。真乗はこの一節に注目し、出家であっても在家であっても、真の行いと正しい修行を以て、仏性を磨き出すことができると語っています。
大涅槃像を刻む主旨を問われた開祖・伊藤真乗は、このように語っています。
「仏像をつくるというのは形の仏をつくることをいうのではない。『一切悉有仏性』といわれるように、一人一人の心底に秘められている仏性を開発して生きた仏たらしめ、この世に『常楽我浄』の仏土を顕現していく願いのためである。」
心に仏を刻むこと、これが、真乗の生涯の願いであり、真如苑のめざすものなのです。



























