春のお彼岸の法要で、春分の日に行います。先祖に供養を施し、亡き方々を弔うと共に、自分たちも迷いの多いこの世(此岸)から、悟りの「彼岸」を目指していく意味も込めています。
真如苑の開祖・伊藤真乗は、教徒からは親しみを込めて「真如教主様」と呼ばれます。開祖は1906年3月28日、山梨県に生まれました。お誕生大祭は、開祖生誕の日を寿ぎ、開祖がたどった救いの道程に感謝を捧げる法要です。法要名にはその年に迎える開祖の年齢が入ります。
お釈迦様の誕生を祝う法要で、「花まつり」「灌仏会」「仏生会」とも呼ばれます。この法要を通じて、一人ひとりの心が良き方向に生まれ変わり、出発できるように…という願いも込められています。
開祖・伊藤真乗の妻、友司(院号:摂受心院)の誕生日に行う法要です。開祖の妻として、弟子として、心のやさしさと強さ、そして祈りと行動をひとつに生きたその姿勢に、尊敬と感謝を捧げます。
アメリカの将兵追悼記念日「メモリアルデー」(5月最終月曜日)の日に、ハワイの海で灯籠流しを行います。敵や味方、国や文化、宗教の違いも越えて亡き人々を悼み、やさしい心を共有したいとの願いが込められています。夕暮れのなかに灯籠が浮かぶ情景は、何万もの参加者の心を癒し、ハワイの風物詩となっています。
お盆に行う法要です。「お盆」は、一説に亡き方の苦しみの姿を現す梵語「ウランバーナ(盂蘭盆)」から来たとも言われます。古くからの風習にならい、精霊棚をしつらえて先祖や亡き方を迎え、供養を捧げる法要を行います。
旧盆の8月16日に、先祖や亡き方々に供養をし、富士山を望む富士河口湖で灯籠を浮かべて、祈りを託します。"施餓鬼"というのは、飢えや渇きに苦しむ霊に水や食べ物を施すことです。
秋のお彼岸の法要です。春のお彼岸と同じく、法要が行われる秋分の日は、太陽が真東から真西に沈むことから、西方に浄土を信じた人々が、浄土への思いをはせて法要を行うようになったともいわれます。先祖への供養や亡き方々への弔いを重ねます。
伝統を汲む野外で行われる護摩で、真如密の中に確立された法要です。火をみ仏の智慧、くべられる護摩木を煩悩と捉えて、心の迷いを焼き尽くし、浄化する法要です。真如苑では、すべてに斉(ひと)しく祈りを向けるという意味で斉燈の字を用います。
真如苑の出発、真澄寺の建立を祝う秋季大祭から始まった法要で、収穫の時期である秋に一年の実りを報告し、み仏のご加護に感謝を捧げます。「一如」は仏教の言葉でみ仏の心と一つになることを言い、そこからさらに広げて家族や周囲とも心を一つにしていくお祭です。
お釈迦様が悟りを開かれた日に行う法要です。2600年の昔、お釈迦様が菩提樹の下で瞑想に入り、「ブッダ」(目覚めた人)となった仏教の出発に心を重ね、自らもみ仏の教えを求める心を刻みます。
成道会(じょうどうえ)一般には星供養、星まつりと呼ばれる、古代インドの占星術から密教に取り入れられた法要で、災いを除いて福を願う護摩です。この日から冬至を経て祈りが重ねられ、翌年行われる寒修行の満願まで祈念を込め続けます。
一年の締めくくりとなる護摩の法要です。また、この日に開祖が不動明王を迎え、教えを開くきっかけとなった日であることから、出発の護摩として修めます。この法要が終わると、新しい年を迎える準備が進められます。
新しい年を寿ぎ、み仏に新年のごあいさつするための法要です。さらに今年一年の無事を祈ります。法要に先だって、未明には真澄寺奥の院にて一年の初めの護摩「元朝護摩」が修められ、よき一年を祈念します。
1936年の開祖夫妻の出発の修行を追体験する修行で、立教以来、毎年行われています。1月大寒の頃に始まり、立春を越え、2月8日の真如立教祭で満願となります。寒修行を通して自らを振り返り、心を入れ替えて気持ちの良い一年のスタートを切る意味もあります。
季節が春へと移り変わる立春の前日、2月3日。"鬼"に通じる自らの心を浄化し、心の内に福を招けるようにとの願いを込め、節分会が行われます。法要後には苑主も参列者も一緒になって豆をまく、楽しい行事です。
立教にあたり、開祖夫妻の祈りが深まる中に、現在の真如苑の瞑想修行(接心修行)や不思議な働き(神通霊妙)の基盤「真如霊妙」が生まれました。その生まれた日である2月4日を記念し、真如霊妙に感謝を深める法要です。
お釈迦様が涅槃という無上の悟りを得て、人としてのご生涯を終えられた日に行う法要です。お釈迦様の遺言の教えといわれる『大般涅槃経』に、お釈迦様の最後の瞬間に馳せ参じて、教えを請う生きとし生けるものが描かれているように、教えと共に常にいらっしゃるお釈迦様に感謝を捧げる法要です。